4月12日、「蜂の哲学室」を開催しました。
今回のテーマは
「私の生き辛さ」
少し重たくも感じるこのテーマですが、
実際に場が始まってみると、とても興味深い展開になりました。
それぞれ違う「生き辛さ」
参加者それぞれが語る「生き辛さ」は、
一見すると全く違うものでした。
・人との関係がうまくいかない
・理解されない苦しさ
・頑張っても報われない感覚
・自分の居場所がないような感覚
どれもバラバラで、個別の問題のように見えます。
けれど、対話を重ねていく中で、
ある共通の“流れ”が浮かび上がってきました。
生き辛さの奥にあった「ひとつの構造」
それは、こんな流れです。
こうなればいいのに
↓
そうならない
↓
そうならないと、誰にも相手にされない
↓
のたれ死んでしまう
この構造に、全員が気付いた瞬間がありました。
「死んでしまう」という恐怖
言葉にすると極端に聞こえるかもしれません。
けれど私たちは、無意識のどこかで
「このままでは生きていけない」という恐怖を感じています。
・認められないとダメ
・必要とされないとダメ
・ちゃんとできないとダメ
そうでなければ、自分は“存在してはいけない”ような感覚。
それが、「生き辛さ」として表れている。
その奥にあった、もう一つのもの
ただ、ここで終わらなかったのが、今回の哲学室の面白さでした。
「のたれ死んでしまう」
この言葉の裏側に、
もう一つのものが見えてきたのです。
それは——
「生きたい」
という願い。
私たちは、本当は生きたい
怖いのは「死ぬこと」ではなく、
「生きられなくなること」。
つまり私たちは、
ちゃんと生きたい
ここにいていいと思いたい
関わりの中で生きていたい
そう願っている。
生き辛さは、願いの裏返し
生き辛さは、
ただの苦しさではなくて、
叶えたい願いがある証拠なのかもしれません。
・こうありたい
・こう生きたい
・こう関わりたい
その願いがあるからこそ、
現実とのズレに苦しむ。
最後に
今回の対話を通して見えてきたのは、
「私たちは、生きたい存在なんだ」
という、とてもシンプルで、でも力強い事実でした。
生き辛さをなくすことよりも、
その奥にある願いに気付くこと。
それが、
少しだけ世界の見え方を変えるのかもしれません。
次回の「蜂の哲学室」も、
また深い対話の時間を重ねていきます。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。
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